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神戸地方裁判所 平成3年(わ)136号 判決 1992年7月07日

国籍

韓国(慶尚南道統営郡光道面安井里二五一番地)

住居

神戸市垂水区千鳥が丘三丁目八番二七号

会社役員

中村武夫こと 李武龍

一九二六年九月二七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官田村範博出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自己の所得税を免れようと企て、

第一  昭和六一年分の総所得金額は一億六、二二二万九、一五四円で、これに対する所得税額は九、九一三万八、三〇〇円であるにもかかわらず、継続して有価証券を売買したことによる所得のすべてを除外するなどの行為により、総所得金額のうち一億五、五九〇万二、五五四円を秘匿した上、同六二年三月一六日、神戸市須磨衣掛町五丁目二番一八号所在の所轄須磨税務署において、同税務署長に対し、同六一年分の総所得金額は六三二万六、六〇〇円で、還付を受ける源泉所得税額が六二万三、三一六円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額九、九一三万八、三〇〇円との差額九、九七六万一、六〇〇円を免れ、

第二  昭和六二年分の総合課税の総所得金額五億五、二〇五万八、〇二五円、分離課税短期譲渡所得金額は七九四万七、三三七円、分離課税長期譲渡所得金額は二億一、四五六万四、〇〇六円で、これらに対する所得税額は三億八、六一六万八、九〇〇円であるにもかかわらず、有価証券の売買に仮名及び第三者名義を用いるなどしてその所得を秘匿するなどの行為により、総所得金額のすべてを秘匿した上、所得税確定申告書の法定期限である同六三年三月一五日までに、前記須磨税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同六二年分の正規の所得税額三億八、六一六万八、九〇〇円を免れ、

第三  昭和六三年分の総合課税の総所得金額は一億八、二九四万三、六四〇円、分離課税長期譲渡所得金額は一〇万〇、八二五円で、これらに対する所得税額は九、五二四万八、七〇〇円であるにもかかわらず、前同様の行為により、総所得金額のすべてを秘匿した上、所得税確定申告の法定期限である平成元年三月一五日までに、前記須磨税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって、不正の行為により、昭和六三年分の正規の所得税額九、五二四万八、七〇〇円を免れ、

第四  平成元年分の総合課税の総所得金額は四億〇、二三六万二、七一八円、分離課税雑所得金額は四一万二、八九二円で、これらに対する所得税額は一億七、五六四万四、五〇〇円であるにもかかわらず、継続して有価証券の売買をしたことによる所得の一部を除外するなどの行為により、総所得金額のうち三億六、八六三万五、六一〇円を秘匿した上、同二年三月一四日、前記須磨税務署において、同税務署長に対し、同元年分の総所得金額は三、四一四円で、これに対する所得税額が九四六万一、五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億七、五六四万四、五〇〇円との差額一億六、六一八万三、〇〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書二通

一  被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書二一通

一  証人野村明伯の当公判廷における供述

一  野村明伯の大蔵事務官に対する質問てん末書二通(検甲六〇号、六一号)

一  三国早予子、久鬼由美子、崔外玉、山沢芳太郎、三国和子、若木昭(二通)、山本彰、小笠一二、河合成展、青山浩吉、渡辺武光、平岡勝、財家晴夫、石井千賀子、岡野五雄、山川実、安田治光、松原正典、上田きく江、桑原一子、平尾幸太郎(二通)、金春吉、木村しづ子、西村満、及び白井秀太郎の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  千頭靖久、吉岡啓志、及び森田康稔作成の各供述書

一  大蔵事務官作成の査察官調査書一〇通(検甲八号ないし一七号)

判示第一ないし第三の事実につき

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(検甲一八号)

一  大蔵事務官作成の査察官調査報告書(検甲二八号)

判示第一の事実につき

一  大蔵事務官作成の証明書(検甲一号)

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検甲四号)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(検甲一九号)

一  大蔵事務官作成の調査報告書(検甲二八号)

判示第二の事実につき

一  大蔵事務官作成の証明書(検甲二号)

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検甲五号)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書五通(検甲二〇号ないし二四号)

一  大蔵事務官作成の査察官調査報告書二通(検甲二六号、二七号)

判示第三の事実につき

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検甲六号)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(検甲二五号)

判示第四の事実につき

一  被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書(検甲七五号)

一  大蔵事務官作成の証明書(検甲三号)

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(検甲七号)

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(検甲八号)

(法令の適用)

判示各所為 所得税法二三八条一項(懲役刑選択)

併合罪の加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(懲役刑)

(犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定限度内で加重)

(量刑の理由)

本件は、妻子が経営する貸ビル会社等の役員をしている被告人が、株式再投資の資金、賭博による損害の補填等に充てるため、昭和六一年から平成元年までの四年間にわたり、有価証券売買所得、配当所得、不動産所得を除外するなどし、更に、その間の二年間にわたり、不動産の譲渡所得を秘匿するなどして、四年度分で合計一四億八、〇〇〇万円余の所得額を申告せず、合計七億四、七〇〇万円余りの所得税を免れたという事案である。

その動機は、極めて反社会的で、是認し得る余地はなく、逋脱税額は巨額であって、逋脱率は、昭和六一年から同六三年が一〇〇パーセント(同六二年分は期限後申告を考慮しても、九五・七パーセント)、平成元年分でも九四・六パーセットの高率に及んでおり、逋脱の方法も、有価証券の取引では、親族、知人、税理士、元従業員、架空人等合計一六名もの多数の名義を使用または冒用し、売買により個人としては莫大な所得を挙げながら、その全部または一部を隠し、配当所得でも、株式名義を家族名義や他人名義にして所得の分散を図り、一部だけしか申告せず、長期の譲渡所得では、母親等他人名義の登記物件は申告しないで、自己名義分のみを申告し、その内容も取得原価を水増し、借入金利子、解体整地費、立退料等架空経費を計上して所得を圧縮して誤魔化し、株式の再投資や海外での賭博資金に注ぎ込んでいたものであって、国税当局の強制調査後も、なお平成元年分について脱税を図るなど納税意識が著しく欠けていたことなどに徴し、犯情は極めて悪質であり、被告人の刑事責任は重いというべきである。

弁護人は、平成元年四月一日から適用されることとなった現行租税特別措置法三七条の一一の上場株式等に係る譲渡所得等の源泉分離選択課税方式によれば、本件株式及び債権の売買に関する本件四年度分の税額合計は、一億五、七二四万円余に過ぎず、本件の旧法による税額をはるかに下回るものであるから、その政策変更及び現行の有価証券譲渡所得課税の法制を量刑上十分配慮すべきであると主張するが、課税所得及び税額は、その各課税年度当時の税制によって算出されるべきものであり、被告人は、その当時の総合課税制度のもとで計算された所得を除外し、それに対応する税額を逋脱する故意を有していたのであるから、現行の有価証券譲渡所得課税のもとで計算された税額を基礎に被告人の刑責を論じるのは当を得ないというべきである。

次に、被告人が、平成二年一〇月下旬ころ、自宅の土地、建物を担保に提供して銀行から借り入れた資金及び他家に嫁した長女から得た資金で、本件四年度分の本税合計額七億二、七五四万三、一〇〇円を支払ったことは、被告人の本件への反省、悔悟の現れとしてそれなりに評価すべきではあるが、元はといえば、被告人が株式売買による巨額の所得をギャンブル等の海外関係費用として一〇億円も費消したことも、その後の資金不足の一因となっていることも無視することはできない。

なお、被告人は現在でも二六〇万余の株式を保有しているが、その全てが株式購入代金の担保として銀行に提供されている上、右株式の時価も取得価格を大幅に割り込んでいるため、被告人及び親族の所有する不動産も追加担保に供している状態であり、加えて、本件所得税に対する三億八、五一三万円余の重加算税等及び地方税一億六、七〇〇万円が支払えず、全不動産が差押えられているところ、本件のような利欲性の強い違法行為に対しては、常に金銭的制裁を加えるべきであるとの意見もあり得るけれども、行政罰であるとはいえ、右の重加算税等により本件脱税による不法収益は既に剥奪されており、更に罰金刑を科することは、被告人にとって過酷な結果となることが考えられる上、被告人の右のような経済状態から、仮に罰金刑を科しても換刑留置を受ける可能性が強いことを考慮すると、本件は懲役刑をもって量刑すべきであり、検察官主張のように罰金刑を併科するまでの必要性はないというべきである。

そのほか、被告人が腎臓病の妻と二人暮しで、その面倒を看ており、週三回人工透析のため同女を送迎をしていることなど、弁護人の主張する被告人に有利な情状を斟酌しても、本件は前記の犯情に徴し、懲役刑の執行猶予が相当な事案とは考えられず、主文の刑に処するのはやむを得ないと思料する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川隆司)

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